縦振動のタッチの研究 (42) 現実は厳しい 理想は果てしなく遠く面白い

縦振動のタッチ (42)

 

いざ教えてもらうとやっぱりヘコむ

 

先日、久しぶりにジラウドさんの方でタッチのレクチャーを受けました。

 

完成域にたどり着いたなんて思ったことはないけど、それにしても、まだまだこんな遠いものかと青くなってしまった次第。

 

やっぱり、違和感のあることを誤魔化してちゃ駄目でしたね。

 

意識的にせよ無意識にせよ、「まぁこんなもんかな?」なんて妥協してると、いとも簡単にメッキが剥がれると痛感。

 

分かっちゃいたけど、あまりに遠くて見えなくなってた部分。

それを投げ、目先の安易なところに落ち着こうとしていたのだと悲しくなりました。

 

いや、悔しいですね。

 

違いすぎるイメージの量と質・具体的理想の持ち様

 

「一歩でも進めたら!」

「何か少しでも自分の中でヒントになればいい!」

 

そんな思いでよく分からない内容でもあれこれ書いているこのブログ。

効果を実感することもあるのだから無駄ではない。

やってきて良かったと確信もしています。

 

ただ、目の前で現実を叩きつけられるとやはり、

 

「あぁこれだ」

「本物は違うわ」

「俺ダメだわ」

 

そのあまりの違いに打ちひしがれます。

 

今回、強く思い知ったのは、自分の中での理想のサウンド像が曖昧になっていたこと。

それじゃどんな理屈を振りかざしたところで、どこにもたどり着けない。

肝心のイメージがぼやけてて、何をすべきかが薄まってしまっていたなと。

 

『理屈先行の限界』

 

とでも言いますかね?

 

「こうしたら音は太くなるはず」と実践してみてその成果が得られるのも確か。

それで実際に音を変化させることはそこまで難しくはないと思います。

 

ただ、その先ですよね。

 

『こうしたい!』

 

この中にある具体性。

それがなければ理屈は理屈のままで終わってしまう。

何の意志も感じない音しか出せない。

 

「俺はこういう音を出したい!」

 

「このグルーブを実現したい!」

 

「理想のベースを!音楽を!」

 

どこまでも追及する覚悟と量。

果てしなき好奇心と探求心。

未知への挑戦に己自身を捧げる投資。

 

そんな簡単に真似できるわけがなかったと愕然とした次第。

俺ごときが何を調子に乗っていたのだと猛省。

 

語って納得・語らずとも証明する凄み

 

甘すぎた自分、おしゃべりなだけで何もできてない人間だとヘコむ流れ。

もう何度目でしょうね? 心の底から参りました。

 

いつになっても、ジラウドさんでは気が引き締まります。

 

そのお話の深さにも脱帽するのはもちろん、一音で証明してしまう、一瞬で黙らせてしまうその格好良さに痺れるしかありません。

 

表面を真似したところで中身はどうにもならない。

込められたものが違いすぎます。

 

まさに感動。

 

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