ベースと左手 (3)
本当に指を広げるべきなのか?
1フレットに対して指を1本ずつ当てるやり方。 これがフィンガリングの基本のように言われているのではないかと思います。
実際、自分もこの練習を散々やってきました。だからこそ今ではこの方法に疑問を抱くようになった次第。
ベースってギターより長いです大きいです。そのノリや感覚をそのまま持ちこむのは正直つらい。たとえば教則物によくある、
「これが悪い例!」
「こっちが正しい例です!」
この手の写真や動画。
「いやいや!それ明らかに無理してるでしょ!?」
こうツッコミたくなるような姿を後者がしてることがよくあるんですよね。
それ本当に正しいの?ってかなり微妙な気分になります。
「まずは指を広げなさい!」
「合理的な運指を身に付けなさい!」
とは言うけどそれを目指して、
「ぐっ・・グキキ・・!」
ってな感じになってるのはどうなのかなと。
それが本当に人体にとって理にかなっているのかどうか、やはり疑問になるところ。
右手だって左手だって同じ自分の手
本当に指を開き続けることが理想なのか?
ちょっと極端なようですが、右手側の指を開きっぱなしで弾こうしてみれば分かりやすい。
タッピングやら人工ハーモニクスなどについてはともかく、常識的に考えて2フィンガーでワイドストレッチ、手を開いたままにしようと強く意識する人なんていないでしょう。
「役割が違うから関係ない!屁理屈!」なんてツッコミもありそうですが、本当にそうでしょうか?
そもそも、楽器を持ってない時点で試しても結構きついわけです。これが自然な姿勢で理にもかなっているとはまったく思えません。
「右手は楽してもいい」
「左手は無理させるべき!」
とか、こんな理屈があるわけがない。
指を伸ばすという行為には意外なぐらい力が必要なもの。ゆえに想像以上の負担もかかってしまう印象。
4本の指に加え、親指まで変な風に使ってたりしたらどうなるか?真面目な話、腱鞘炎などの怪我の原因にもなるんじゃないかと。
と言うか、実際に酷い目に遭った経験があります。
親指の付け根が痛くて拳が握れなくなるとか、あれは笑えません。
練習不足はまた別問題
・小指が全然使えない
・指の感覚がまったく育ってない
・押弦が甘すぎる
基本的な段階をまったくクリアできてないなんてことであれば、それは確かに問題。
・とにかく楽器に慣れる為
・どうしても必要になるフレーズの為
・指の力強さと柔軟性の向上の為
こういった目的があってごく短時間の取り組みで済ますのであれば、指を広げるトレーニングを意識するのも良いことかもしれません。
綺麗事だけでは済まされないことが多々あるのも楽器演奏の世界。きついことは一切やる必要がないとは言えません。
無理による怪我は100%敵
綺麗事だけでは済まないのが演奏の世界。きつい練習も時にはやっておくと違います。
しかしやはり、毎日のように必死に伸ばし続けたり、本番でも律儀にそれを守って弾くというのは、かなり微妙な気がするところ。
先日からの話で言うならば、ロッコのような左手のミュート技術もあるわけです。
「指は広げて弾くもの!」
「絶対的なルール!」
こんなことはありえない。
「脱力が大事!」という声が増えつつある今の世の中だからこそ、左手の使い方や基礎についてもっと真面目に考えたり議論されるべきではないかと。
そして、ベースに合った技術がもっと研究されていっても良いのではないかと考えます。
「怪我してなんぼ!」
「無理してなんぼ!」
「気合と根性!」
こういうのに幻想を抱くのはもう終わりにしたいところ。
楽器・音楽に対する選民思想、ふるい落としみたいなのもやめましょう。
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