ベース・楽器とお金の話
タダでベースを楽しむ
タダと言っても誰かにベースをもらうわけではありません。
誰かに気に入ってもらうとか、どこかと契約して提供してもらうなんて話でもない。
買うのは自分。
お金を出すのも自分自身です。
それがなんでタダになるか?
『買った時と同じ値段で売る』
こういう単純な話。
10万円で買ったものをまた10万円で売ればタダ。
まぁ、そんなくだらない話です。
手を抜くとお金は出ていく一方
くだらない話である一方、手間だ面倒だと楽器店やリサイクルショップなどに売るとなると、かなり悲惨な結果になるのが現実。
自分がこれまでで一番耳を疑った査定金額はこれ、
『1200円』
いや、笑ってしまいましたね。
桁を間違ってるのではなく本当にこれ。
ジャパンヴィンテージと呼べる楽器でしかも人気もあるモデル。
それがあれやこれやで下げに下げられ1200円。
正直、「買取不能」って言われた方がマシ。
そのお情け金額っぷりに手間をかけさせて申し訳ない気すらしちゃったかも?
当然そんな値段では売らずネットの方で手放した次第。
1万円ぐらいだったかな?
買った時の半分以下ではありましたが、それでも楽器店に売るよりは10倍近く上です。
手数料だ手間だ、他に色々かかっちゃうのも確か。
でもそれを言い出して何も対策をしないとなると、本当に手元に全然残らなくなるから怖い。
他にも定価40万円クラスのベース。
これを査定してもらったこともあります。
で、結果は、
『5万円』
「工房系は癖があるから売りづらい」
「知ってる人じゃないと買わない」
「正直、扱いにくい」
こんな話も聞きましたね。
今は情報が沢山あるから状況が全然違うとも想像しますが、いずれにせよ、向こうの主張をすんなり受け入れて手放してしまっては雀の涙になるだけ。
次にも繋がりません。
面倒という感情に素直&不勉強だと損をする
「え?ベースの話?」
「何の話してんの?」
とツッコミたくなる感じになってきたかもしれません。
まぁでも本当、世の中ってそういうものなんじゃないかと。
前述の査定5万円のベース。
ネットでその倍で売れましたし買い値も大体同じです。
13万円で楽器店に委託して全然売れなかったベース。
これもネットに出したらほぼその金額で売れました。
買い値も大体同じ。
委託手数料の20%をかけずに済んだ次第。
かけたのは、
『自分の手間』
これですね。
そこを惜しまなければそれだけ得になる。
金に汚いようなちょっとやらしい話、そのあたりも計算してベースを買っていた時期もあるのが本当のところ。
「この値段だったら売る時も絶対に損しない!」
これが分かってると分かってないでまったく違う。
それこそタダでベースを買えるし遊べることにもなるかもしれません。
もっと言えば元手から増やすことだって可能なんでしょうね。
相当な知識と資本金でもない限りそうそう都合良くはいかないでしょうが、上手い人だったら美味しく回せていくんじゃないかと。
店に任せるのが綺麗とか他人に丸投げで終わらせない
この一連の話の場合、主に中古品の購入が主。
ネット通販オンリーで行くのはリスキーで厳しい面があるのも事実。
一方、新品で買ってそれを同じ値段で売りたい、得をしたいと考えるのは厳しい。
そう上手くはいってくれない面の方が多いと考えた方がいい。
しかし、それで尻込みしていては話は終わり。
人気があって値崩れしないもの、しかも貴重、タイミングによっては価値が上がる可能性だってありえる楽器、中古でも価格が下がらないものを見極められると全然違う。
謎めいた個人工房の作品、特定のプレイヤー仕様の特殊な楽器など、こういうのはちと辛そうだと判断せざるを得ませんが、そのあたりも結局、売り方と伝え方によりますよね。
知られていないものの魅力と価値を伝えられるのも一つの力。
自分で実用的な調整もできるならさらに良い。
『人任せと無知は損』
残酷だけどこういうことなんでしょう。
感情論的に言えば、お金に執着するってよろしくなく見えそうでもあります。
しかしだからと言って、我が身の明らかな損になることを黙って受け入れるのもどうかとなるところ。
潔癖だったり丸投げな姿勢で、
「楽器店の売買は綺麗で素晴らしい!」
こうなってしまうのはおかしな話ではないかと。
やる気なさそうなバイトのあんちゃんが主。
テキトーな対応でメンテもろくにしてくれないような店。
仕入れて並べてろくに調整もせず売って終わり。
それでも信用できる存在であると判断するのか?
調整も梱包もバッチリ。
手渡しにも対応してくれる。
その楽器の特性や使い方の説明も十分。
もしもの時の返品にも応じてくれる。
しかし個人だから駄目な存在だと切り捨てるのか?
一概に比較するものじゃないだろうけど、
『ネットで売る=汚い』
みたいに考えるのはどうなのかと疑問になる次第。
法に触れてる転売とかそりゃ最初から論外ですが、個人でものを売ることに抵抗があるというのは、さすがに時代から外れすぎている感覚のような気がします。
買い手も売り手もどちらも得になればそれが何より。
今の時代、個人でそれをより実現できるようになってきているはず。
消費消耗を美談・自慢にはしたくない
最近はネットオークションもほとんどやらなくなってしまいましたし、それだけ機材の出入りもなくなってきた自分。
でもやっぱり、いざ売るんだったらネットの方を利用しますよね。
今時はもう当たり前の話なんじゃないかと想像しますし、しばらくやってない自分なんぞよりも遥かに詳しい人も増えているでしょう。
ちょっとした元手があればそれこそタイトル通り、
『タダでベースを買う』
これを可能にすることも不可能ではないはず。
問題はその、
『元手』
これが無いことでしょうかね?
とにかくお金が出ていく一方なのが日常。
多大な金利のかかる長期のローンでも組まないと楽器が買えない状況。
楽器を手放す際も二束三文にしかできないなどこれは現実的に見て辛い。
余裕があるからこそできると言うべきか、困窮した状況下でのんびり構えてじっくり判断というのは難しい。
ネット上で手放す際に必要なのは忍耐。
自分が納得する金額以下では絶対に売らないという意志も必要。
そこを曲げざるを得ないような緊急状態が常となるとやはり、それだけ懐事情も厳しくなってしまいますよね。
せこい話ではありますが、自分で出来るのであればそれに越したことはない、そこに間違いはないだろうと考えます。
小物には小物なりの生き方とやり方がある。
それを実践しやすい時代にもなっているようにも感じます。
世の中、人にお金を使わせようと必死になってることばかり。
『手間と知恵による防衛』
これが結局、楽しみや遊びやすさにも繋がるもの。
お金を使うことでより多くの価値が返ってくるならいいけど、大抵はその時の気分、相手の都合だけ満たして終わりって場合が多いですよね。
お金を後生大事にする必要はないけど、使い方は上手い方がいいだろうと痛感する次第。
刹那的にふところを寒くするのが快感とか、そういうのはもう勘弁。
後は本当、楽器の売買に絶対的な嫌悪と抵抗がある一方で、ただで楽しみたい遊びたいなんて希望があるのだったら、その楽器を使って買った時以上の収入を得る、己に価値を作っていくしかない。
それが一番健全か? 創造的か? 正しく美しいか?
しかし実現可能なのか? 努力で済む問題なのか?
その夢と希望が苦しみを生むのか絶望の原因になるのか?
「金は汚い!」なんて考えてると損ばかりで自分はうんざり。
どうせなら自分の得になるように管理できた方が価値的に楽しく使えます。
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