ポングとベース

ベース楽しむ人生を

縦振動のタッチ 脱力、フィジカル、楽しさなどについて考える

こちらは前回。

pompombass.hatenablog.com

 

縦振動のタッチを実現するにあたって重要になるのが脱力という印象。

今の時代、無闇な根性論は減りつつあると思いますし、脱力に対する関心も高まってきてるんじゃないかと思います。

とにかく握力を鍛えろだの腱鞘炎になっても続けろだの、そんな話は流石に無くなりつつあるのかなと。

 

しかし、フィジカル的にあまりに弱すぎるのも考えものと言いますか、弦を押し込む事すら困難とか、無理に力を入れなければならない必要性を感じるとか、それだとちょっと辛いかなって気がするところ。

もっと言うと、指先の皮膚すら出来上がってなかったり、痛くてすぐ弾けなくなるなんて段階だと、それは縦振動どうこう以前の問題になってきそうです。

演奏する為の感覚は勿論、体が出来てなさすぎるのは明らかに不味い。

 

立って弾くにはストラップが必要になりますが、と言う事は、その時点である程度の負担や身体的な制限も発生してしまう訳ですし、そこが丸々抜けてる様な脱力論などにもちょっと疑問を抱くところ。

ベースという楽器は正直に言って、肉体的に結構過酷な事を求められる面があると思う為、基本的には体も精神も強いに越した事はないんじゃないかと感じます。

 

「初心者の方が癖が無くて良い!」みたいな話は確かにあると思いますし、物凄く飲み込みが早い人もいるはずですが、一方、演奏に必要なスタミナや集中力を求めるのは酷と言うか、それはやはり、地道に鍛えていくしかないと感じるところ。

如何に無駄を無くそうが理想的なタッチを得ようが、それで全て何とかなる訳ではないのが現実な印象。

本番が来れば緊張もするし力みもする、体調が悪ければ当然その影響もあるだろうし、人間である限りは常にベストコンディションでいられるという事は無いんじゃないかと。

場数を踏んでいなければトラブルへの対応も出来ないかもしれないし、精神的なダメージや動揺を抱えれば、それだけスタミナのロスも大きくなる可能性が高い。

 

余裕があるからこそ脱力出来る、脱力するからこそ余裕が生まれる、どちらが先と考えるかは難しいかもしれないので、まぁ単純に、どちらも必要なものだと認識するのが一番良い気がします。

根性論なんてもう古いだろと言っておいて何ですが、すぐに折れてしまうよりは強い方が良い、または、折れずにしなる柔軟性や遊びみたいなものがあった方が良いかなと。

体力に自信が無いなら、これはやはり、技を磨くってのが一番なんじゃないかと思いますし、弱者には弱者のやり方があり、それを受け入れるのも一つの強さなのかと考える次第。

163cmしかなく、手も普通か小さいぐらいの身なので、これでガタイの良い奴に真っ向パワー勝負を挑むのはキツイなと痛感しています。

 

先日も話しましたが、縦振動のタッチの感覚が分かってくれば、力の弱い人でも太い音を出す事は可能になりますし、無理に力を入れる必要も無くなってきます。

疲れなくなり怪我もしないと言うのは、想像以上に大きな意味がある印象です。

それだけ練習も続けられる様になれば上達は早くなるし、そうなれば当然楽しいし、集中するのが楽になれば演奏への影響だけではなく、実は生活の方にも余裕が生まれるかもしれません。

ずっと怪我の事を考えるとか、体調についての不安を抱えているとか、この負担やストレスって物凄く大きなものだと思う為、楽器を弾く事でそれを更に悪循環させるなんて事態は避けたいところ。

 

「弾けば弾くほど上手くなる!体も強くなる!脳の働きも良くなる!人生楽しい!」

 

そんな胡散臭い広告や勧誘みたいな話になってしまう気もしますが、しかし、こういう好循環を作る事って本当に大切だと思います。

どんな辛い事も我慢出来るとか耐えられるとか、それはそれで素晴らしい事なのかもしれませんが、しんどいけど楽しいからまぁいいや、後でゆっくり休もうなんて方が個人的には何か良い気がする次第。

 

この『楽しい』ってのが何事も基本ではないかと思いますし、 脱力するにも必要な事なんじゃないかと感じます。 

 

「楽しいだけじゃ続かない!」なんてのも勿論分かりますが、それもまぁ「そもそも楽しくなきゃ続かないし続ける意味もないだろ!」って話でして、それを無視して悦に入ってるなら、ただの苦労自慢とかウザイ体験談、聞く価値なしのお説教になってしまうかなと。

苦労が美徳とかそれを得るのが目的とか偉いとか、正直、意味が分からない。

それなら金の為とか名誉の為とか、そういうの丸出しな方がむしろ潔い様な。

 

縦振動のタッチの研究、分かってくると本当に楽しいです。

もっとベースも低音も好きになります。