ポングとベース

ベース楽しむ人生を

オーディオの軽視、オカルト視に対する疑問

やたらとオカルト扱いされたり、実際、ネタとしか思えない様な話も多い印象のオーディオの世界。

しかし、それを馬鹿にしておきながら圧縮音源に抵抗を持たなかったり、大した数のCDも持ってなかったり、そもそもスピーカーシステムすら持ってないなんてのはどうかと思うところ。

何でもかんでも宗教扱いしたり色眼鏡で見たり、それで価値が分からなくなってしまっては本末転倒な気がする次第。

 

例えばの話、美味しい物を自分で作るにはどうしたら良いか?

まず美味しい物を食べる事、それを記憶する事、分析する事が重要だと思うのですが、そこで安いインスタント食品とか即席調味料だけしか知らない身なのでは不味い様な。

研究を重ねた末、そういった物を作り出したり辿り着くのではなく、そもそも他の物に触れた事がない、関心を持った事すらない、飯なんか何でもいいし腹に入れば一緒なんて言う、そんな認識で良いのかと。

 

特にベースサウンドなんてのは、ショボいシステムではなかなか再生が難しいところ。

ベースを弾いてるのにベースを聴いた事が無い、聴こえた事が無い、何となく弾いてるみたいだけど実はよく分からない、そんな風に「ベースなんか別に聴こえなくてもいい。何ならいなくてもいい。」とその楽器を弾いている人間が堂々と言うのは、凄く恥ずかしい話になってしまうんじゃないかと。

 

「自分なんか存在しなくてもいいんだ・・」とか格好付けて言うのはちょっと痛い話に思えますし、オーディオに拘らないとかベースは聴こえなくもいいとか、それを自慢する節があったらまぁ、正直言ってその痛い人と同類の様な気が。

 

環境的にヘッドホンを使うしかない状況に置かれている人が沢山いるのも確かだとは思います。

しかしだからと言って、オーディオシステムなんか無関心でも放置しても良い、演奏をちゃんとしたシステムで聴く必要なんか無いとは言えないはず。

ましてや、何で聴いても音なんか一緒とか、オーディオに拘るなんて全部オカルトなんて考えは非常に危険に感じる次第。

オーディオに対して悪意と偏見に満ちた記事をよく見かける印象がありますが、ああいった類のものを鵜呑みにしてしまうのも、それはそれで一つのカルト的思考と言うか、同じく悪意と偏見にまみれた幼稚で排他的な見方なのではないかと。

 

とにかくライブをやりまくるとかライブを観に行きまくるとか、生の凄い音に触れるという、それが何より耳を鍛える事にも糧にもなるものだとは思います。

しかし、過去の物なんてどうでもいい、名演だろうと録音物など所詮は偽物、リアルタイムじゃない存在なんかスルーしろ、と言うのもあまりに暴論・極論ではないかと。

四六時中、生の音にどっぷり浸かれる人なんてのがどれだけいるのかも疑問ですし、だったら素直にオーディオシステムを見直してみた方が良いんじゃないかって気がするところ。

使うかも分からなかったり、一過性の趣味になる可能性もあるエフェクターやサブの楽器に大金を投じるぐらいなら、良いリスニング環境を整えた方が後の糧や財産になるはず。

 

そもそも、オーディオはバッサリ切るのにエフェクターについては疑問を感じないとか、それもどうなの?って思う話かもしれません。

「良い音と良い演奏の追求だから別物だ!」とかそう美化されしまうのかと、これまた疑問な次第。

変なモディファイが横行してる事なんかもある様ですし、そんな物に凝るよりも、ちょっと良い感じのスピーカーでも買った方が価値的かなと。